まだスマホで消耗してるの?
そんな言葉が僕の頭の中にひらめいた。
実は最近、iPhoneに依存していることをやめたいと考えている。
それはなぜかとというと職場での休憩している時、布団で横になっている時、外出先で座っている時、なんならトイレにいる時でもこのiPhoneを片手に何かをしているからだ。
スマートフォン、それはとても便利な動画だ。
電話という大前提の中にパソコンのようにインターネットが出来て、カメラついてるしLEDライトや計算機にメモまでできてしまう。
生活に必要な道具としては優秀すぎると言っても良い。
しかしこの端末ひとつに人生の莫大な時間を捧げていると言っても過言はないだろう、と最近強く感じるようになってしまった。
僕自身の携帯電話との出会いは中学生になった頃、
2000年ごろまで遡る。
その頃はスマートフォンのような精細なインターネットが出来る訳ではないがインターネットもできる携帯電話から僕は携帯電話に依存していた。
月日は進むが、2012年に僕はiPhone5を手にしてから現在までずっとiPhoneユーザーだ。
iPhoneになれてから直感的な操作感だったり、新機種になるにつれて高スペック化されているのもワクワクしていた。
しかしずっと使っているが故にその分依存もしている。
iPhoneなら簡単にビデオもカメラ機能もインターネットも出来てしまう、なんならどんな環境でも。
寝ようとしても、トイレにいても、ご飯を食べていても。
この手軽さが逆に僕にとって悪いことになっているのではないかと考えるようになった。
ただ今の僕の手元にはiPadもiMacもある、なのに僕はiPhoneばかりを利用して、なんかそういうのもヤキモキしているから。
なんならアクションカムもミラーレスカメラも持っているのだし。
そんなことから僕はiPhoneというすごく手軽で便利なものから離れてみたいと感じた。
寝て起きてすぐにiPhoneを見たり、寝る時に眠れなくてiPhoneを見たり、やることがなければiPhoneを見るのは一回やめようと。
便利すぎるが故に何かを失う機会がとても多くなってきてしまっていることをなんとかしたいと思い、この文章を書いている。
と言ってもまだiPhoneを利用中なのだが…汗
最近強く思うのは会社員になり、業務で文章を書く時にパッと文字を書けなくないことも考えるきっかけになったし、ちょっとアナログに戻らないといけないと感じている。
なんでちょっと移行期間を設けて携帯電話を本当の携帯電話にしようと思っている。
iPhoneで使っていたアプリをiPadに移して、完了したら携帯電話にしようと。
「なんかもう必死でしょ、最近の携帯、話せりゃええやんって思いますね、電話なんやし」
と昔、松本人志さんがCMしていた頃のように携帯電話は最低限で運用していこうと思う。